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日華事変とルーズベルトの対日秘密戦争

1 :だつお:2007/11/14(水) 11:05:25 ID:LqJC9LCb
http://www.warbirdforum.com/fdrnote.htm
Below is FDR's directive to the Secretary of the Navy:
September 30,1941 MEMORANDAM OF THE SECRETARY OF THE NAVY

I have been informed that the Chinese Government has hired 100 pilots and 181
ground personnel to man and service 100 P-40's. In the next few months we are
delivering to China 269 pursuit planes and 66 bombers. The Chinese pilot
training program here will not begin to turn out well-trained pilots until next summer.
In the interim, therefore, I think we should facilitate the hiring by the Chinese
Government further volunteer pilots here. I suggest, therefore, that beginning in January,
you should accept the resignations of additional pilots and ground personnel as care to
accept employment in China, up to a limit of 100 pilots and a proportional number of
ground personnel. I am directing Mr.Lauchlin Currie to see that representatives of China
carry out the hiring program with the minimum of inconvenience to the Navy and also to
see that no more are hired than are necessary.

中国政府が100人のパイロットと100機のP-40を整備するための181人の地上人員を雇ったことは、
既に知らされていることです。ここ数ヶ月に我々は269機の戦闘機と66機の爆撃機を中国に届けています。
このあたりの中国人パイロットの訓練計画は、次の夏までよく訓練されたパイロットに変わりそうもありません。
従ってその間に我々は、ここで更なる志願パイロットが中国政府に雇用されるのを促進していかなければ
ならないと思います。従ってそのことはこの1月に始まっていることですが、私は提案します。中国で仕事
を引き受ける手配として、諸君らには更にパイロットと地上人員を辞任させることを認めてもらいます。
その範囲は100人のパイロットとそれに相応する地上人員にまで及びます。
中国代表がわが海軍にできる限り不便させないような雇用プログラムを実行するのを確認するように、
また必要以上に雇用されることが無いことを確認するよう、Mr.Lauchlin Currieに指導しているところです。

2 :だつお:2007/11/14(水) 11:07:59 ID:LqJC9LCb
> 1938年8月、宋美齢の求めに応じて、シェンノート氏は昆明市の郊外に航空学校を設立し、
>アメリカ軍の基準で中国空軍を訓練し、中国空軍の対日戦に積極的に協力した。
> 1941年、ルーズベルト政府のひそかな支持の下で、シェンノート氏は個人団体の名義で
>巨額の資金を出してアメリカ人パイロットとエンジニアを募集した。その年の7月と10月に、
>200余人もの勇敢で危険を恐れぬ隊員たちが、対日戦参加のために中国に来た。
http://www.china.org.cn/japanese/170095.htm

200余人が中国に来たとのことだが、残り120人はどこへ行ったのだろうか。

82人のパイロットと79機の飛行機を保持していました。しかし、彼ら全員が戦闘準備ができて
いるというわけではありませんでした。トマホーク部隊ではチェックアウトがまだ済んでいな
かったりされる予定さえなかったパイロットもいました。そして飛行機のいくつかは予備だったか、
あるいはラジオと銃が不足していました。

Six days before the outbreak of war, the AVG had 82 pilots and 79 planes, but not all of
them were ready to fight. Some pilots had not yet checked out in the Tomahawk--and some
never would. And some of the planes were out of commission or lacking radios and guns.

http://www.warbirdforum.com/status.htm
AVG status report, 2 Dec 1941

3 :だつお:2007/11/14(水) 11:09:54 ID:LqJC9LCb
リチャードダン氏の尽力で、我々はRepublic P-43 Lancerに関する長い記事
(または短い本)を入手しています。そして、それのうちの108機はルーズベルトが
1940〜1941年の冬に認可した"Special Air Unit"の一部としての中国への武器貸与でした。
当初は第3のAVGに装備することが目的でしたが、飛行機は直接中国空軍へ移されました。
(フライングタイガーズとして有名な第1のAVG。日本人が真珠湾を攻撃したとき、
第2のAVG(爆撃機グループ)は出撃準備ができていました。第3のAVGは戦闘機
グループであることになっていました。そして、1942年に早く補充されました。)

Republic P-43 Lancer in Chinese service
Thanks to Richard Dunn, we have a long article (or short book) on the
Republic P-43 Lancer, 108 of which were Lend-Leased to China as part
of the "Special Air Unit" that Roosevelt authorized in the winter of
1940-1941. Originally intended to equip the 3rd American Volunteer Group,
the planes were instead transferred directly to the Chinese Air Force.
(The 1st AVG bcame famous as the Flying Tigers. The 2nd AVG, a bomber group,
was ready to go when the Japanese attacked Pearl Harbor. The 3rd AVG was to
have been a fighter group, recruited early in 1942.)
http://www.warbirdforum.com/richdunn.htm

4 :だつお:2007/11/14(水) 11:16:14 ID:LqJC9LCb
>そして再度繰り返すがAVGが戦闘加入したのは開戦後の話だ。
>The first combat for the A.V.G. occurred over southern Yunnan Province on December 20, 1941.
http://www.flyingtigersavg.com/tiger1.htm

志願を考えているパイロットにA.V.G.のことを説明する時は、何らかの省略があってはいけない。
単にビルマ道を随伴抜きの日本軍爆撃機から守るだけではなくて、A.V.G.は日本軍の追撃とも戦う
ように求められる。夜間も出撃すること、攻撃任務も引き受けること、そういうときにこうした目的
のために適切な飛行機が我々に出されるのである。これらの点は、はっきり説明されなければならない。

In telling the A.V.G. story to pilots who may think of volunteering,
nothing should be omitted. Far from merely defending the Burma road
against unaccompanied Japanese bombers, the A.V.G. will be called
upon to combat Japanese pursuits; to fly at night; and to undertake
offensive missions when planes suitable for this purpose are sent out to us.
These points should be clearly explained.

ttp://www.warbirdforum.com/camco.htm
P.O. Box 2000, Rangoon, Burma November 7, 1941
C. L. CHENNAULT, Commanding, A.V.G.

5 :日出づる処の名無し:2007/11/14(水) 13:00:07 ID:rqjJaP7y
ソ連だけで1250機も受け取っておきながら、殆ど壊滅されられたのだからな。
ここまで航空技術力・工業力の差があると勝負にさえならないからさ。

USSR sent to China during 1937..1941:
1250 planes, incl. 216 I-16 types 5, 6 and 10 ("Swallow");
six TB-3; 213 I-15 and I-15bis; R-5; SB-2; DB-3A; UTI-4, UT-1
82 tanks (T-26 and BT-5)
arm.cars (BA-3, BA-6, BA-10, BA-20)
1850 trucks and tracktors
50mm mortars
1600 guns, incl. 76mm field and flak guns
14000 MGs
rifles; fuel and oil; ammo; medical stuff; spare parts
http://wio.ru/spain/china-a.htm

しかし、百一号作戦(奥地航空攻撃作戦)が展開される40 年以降、中国空軍は迎撃戦
により多大な損失を被り、40 年末には残存機が 65 機たらずとなった(注 41)。
これ以降、中国空軍は正面からの航空戦を避け、日本の爆撃機が到来した際には、
空軍機の退避を優先することになった。そのため、日本の重慶爆撃に対しても、
高射砲による地上からの迎撃を除き、積極的な防空政策がとられず、爆撃の被害
を増大させる結果となった。つまり、中国空軍は可能な限り戦闘を避けて戦力を
温存せざるを得ない状況にあったのである。

http://www.koryu.or.jp/08_03_03_01_middle.nsf/2c11a7a88aa171b449256798000a5805/398bea4145bfd29f49256f0b002cf44b/$FILE/hagiwara2.pdf
日中戦争と中国空軍

6 :日出づる処の名無し:2007/11/14(水) 13:22:27 ID:TO8uLPSL
つまり何が言いたいのか、簡潔にまとめてくれないか。

7 :日出づる処の名無し:2007/11/14(水) 17:59:26 ID:O5QIDcrb
<<だつお:2007/10/07(日) 11:16:33 ID:W4dI2pA3
http://2ch.ru/gg/src/1190937154370.jpg
神風特攻隊「白菊」の空母突入!

だつお:2007/09/27(木) 19:52:42 ID:Tz/lqmaM
あー快感だった。今、大田弘子さんでオナニー終わったところです。

だつお:2007/09/29(土) 21:43:32 ID:6r8sa2j0
大田弘子のマンコ見たい

だつお:2007/09/29(土) 21:43:32 ID:6r8sa2j0
大田弘子のマンコ見たい

だつお:2007/09/26(水) 23:21:45 ID:fNhYrq1R
弘子さんはオナペット総理
だつお:2007/09/17(月) 21:25:28 ID:oZrqQng+
日本人が日本人同士で、あいつがわるいこいつがわるいと罵り合ってて何になる。
他人の批判なら誰にだってできるニートのおれさまにだってできる

だつお:2007/09/15(土) 15:10:47 ID:M6EawytW
>テロするならボコボコ子供作って福祉にたかる方が余程効果的

それこそチンボとマンコが擦り切れるまでやればいいんだからさ。

あと自分の尻から出てきた肉の塊をどう処分するかは本人の勝手だ。

8 :だつお:2007/11/15(木) 00:50:16 ID:O/ZIwEd6
>つまり何が言いたいのか、簡潔にまとめてくれないか。

フライングタイガーズのメンバーが民間契約従業員であったという結論は避けられ
ないようです。たとえ「ボランティア」としても、彼らは中国空軍においてどの指揮官
に対する責任もありませんでした。そのように彼らが戦闘員活動に係わったときは、
国際法に反していたことでした。捕えられるならば彼らは捕虜の地位の権利がありませんでした、
そして、彼らによって行われる殺戮又は破壊はどんなものでも明白に犯罪行為とみなされました。

The conclusion seems inescapable that the members of the Flying Tigers were
civilian contractor employees. Though "volunteers" they were not responsible
to any commander in the Chinese Air Force. As such, when they engaged in combatant
activities they did so contrary to international law. They were not entitled to
prisoner of war status if captured and any acts of death or destruction committed
by them could properly be considered criminal acts.
http://www.warbirdforum.com/legal2.htm

9 :だつお:2007/11/15(木) 00:53:06 ID:O/ZIwEd6
"First American Volunteer Group" は蒋介石署名の中国政府の命令の下で、
1941年8月1日付けで構成されました。命令によると「Col. Chennaultは、
アメリカ義勇隊が現在戦争に参加するために中国に到着したことで、このグループ
を組織します。」アメリカ義勇隊グループが組織されたのは航空業務について中国
政府委員会との交渉した後で、作戦に突入したらアメリカ義勇隊グループは委員会
の権威に服従するものではありませんでした。1941年に中国における航空戦力は、
航空業務委員会と中国空軍で分けられました。両者とも蒋介石が議長で
あった軍事委員会に報告しました。AVGの指揮官としての彼の立場において、
シェンノートも蒋に直接報告しました。AVGは中国空軍から支持を受け取りました。
しかし、関係は命令よりむしろ調整のうちの1つでした。AVGは中国空軍の指揮系統
の中でありませんでした、そしてこの意味において、「中国空軍所属のAmerican
Volunteer Group」はちょっとした誤った名称です。

The "First American Volunteer Group" was constituted effective 1 August 1941
under an order of the Chinese government signed by Chaing Kai-Shek. According
to the order "Col. Chennault will organize this group with the American Volunteers
now arriving in China to participate in the War." Although the group was organized
after negotiations with the Chinese Commission on Aeronautical Affairs, once in
operation the group was not subject to the authority of the Commission.
In 1941 military aviation in China was divided between the Commission on Aeronautical
Affairs and the Chinese Air Force. Both reported to the Commission on Military Affairs
of which Chaing Kai-Shek was the chairman. In his capacity as commander of the AVG
Chennault also reported directly to Chaing. The AVG received support from the Chinese
Air Force but the relationship was one of coordination rather than command. The AVG was
not within the chain of command of the Chinese Air Force and in this sense "American
Volunteer Group of the Chinese Air Force" is something of a misnomer.
http://www.warbirdforum.com/legal.htm

10 :だつお:2007/11/15(木) 02:27:52 ID:O/ZIwEd6
AVGで勤務するアメリカ人の大半は、主に2つの筋、部隊登録から解除された米軍の元下士官兵と、
委任辞退した予備役将校に由来しています。大部分のパイロットは後者のカテゴリーでした。
若干の例外がありました。1人のパイロットは辞任した(ボイントン)前海兵隊普通の役員でした。
そして、もう一人のパイロットは前海軍下士官 (ホフマン)でした。参謀将校と基本の人員の何人かは、
いろいろな筋から来ました。 すべては、Central Aircraft Manufacturing社の従業員になりました(連邦社CAMCO)。
彼らは自分たちの給料と見返りを指定した雇用契約にサインしました。それが彼らの仕事の本当の目的に言及
しなかったという点で、契約はちょっとした見せかけでした。 「CAMCO」が中国政府の代理機関として活動して
いるとは明記されていません。しかし、契約はAVGのメンバーシップのための形式でした。そしてそれによって
確立された雇用関係は、AVG人員を「支配」する根拠でした。AVGとして彼らが勤務している時点でその全員が、
米軍でも中国軍でもいずれの一員でもなかったのです。そして、彼らは法秩序にも自分らの勤める軍法会議管轄権
にも属しませんでした。それにもかかわらず、AVGは軍の組織に擬似させたもので、時々、脅威軍法会議と「懲戒除隊」
があったりしました。しかし外見的にそれと反対を装っていても、やはりフライングタイガーズは民間契約者だったのです。

The bulk of the Americans serving in the AVG came primarily from two sources, former
enlisted men in U.S. service that had been released from their enlistments and reserve
officers that had resigned their commissions. Most of the pilots were in the latter category.
There were some exceptions. One pilot was a former Marine Corps regular officer who had
resigned (Boyington) and another pilot was a former navy non-commissioned officer (Hoffman).
Staff officers and some of the ground personnel came from a variety of sources. All became
employees of the Central Aircraft Manufacturing Company - Federal, Inc. (CAMCO). Each signed
an employment contract that specified their salaries and benefits. The contract was something
of a charade in that it did not mention the real purpose of their employment nor did it state
that CAMCO was acting as an agent for the Chinese government. However, the contract was the
formality for membership in the AVG and the employment relationship it established was the
basis for "control" over AVG personnel. At the time of their service in the AVG none of the personnel
were members of either the U.S. or Chinese military and they were subject to neither the rules of discipline
nor court-martial jurisdiction of those services. Despite this the AVG resembled a military organization
and from time to time there were threats courts-martial and "dishonorable discharges." Appearances to
the contrary notwithstanding, the Flying Tigers were civilian contractors.
http://www.warbirdforum.com/legal.htm

11 :日出づる処の名無し:2007/11/15(木) 11:59:00 ID:p0/Wf7X8
During the summer of 1941 FDR agreed to allow a select group of American fighter
pilots to travel to China and fight the Imperial Japanese. This group was to become
the famed American Volunteer Group, the Flying Tigers. As the Flying Tigers were
preparing to depart for China, FDR allowed the formation of a second AVG. This AVG
was destined for the Soviet Union.
Since America was still neutral in the war, both AVG’s were formed under a cloud
of secrecy. The Central Aircraft Manufacturing Corporation (CAMCO) was used as a front
for the recruitment and aircraft procurement operations. AVG pilots were listed as
civilian employees of CAMCO and paid a reward of $500 for every enemy plane shot down.
The funds were funneled to CAMCO by the Chinese and Soviet governments and CAMCO
distributed the money through their payroll.
http://www.777avg.com/unithistory/

1941年の夏にFDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト) は、選択されたアメリカ戦闘機隊が、
中国へ行き帝国日本軍と戦闘するよう許可を与えることに合意しました。
この集団は有名なAmerican Volunteer Groupで、これがフライングタイガーズです。
そしてこのフライングタイガーズが中国へ向かって出発すると、FDRは二番目の
AVGを編成するよう許可します。こっちのAVGはソビエト連邦に捧げられます。
アメリカはこの戦争でまだ中立を保っていたために、この2方面のAVGは秘密裡に編成されました。
「ザ・セントラル・エアクラフト・マニュファクチュリング・コーポレーション(CAMCO)」は新兵募集や飛行機獲得事業のための
看板として使われました。AVGパイロットはCAMCOの民間従業員と記載されまた敵機撃墜1機に
つき$500の報酬が支払われました。資金は中国及びソ連政府によってCAMCOに集められました。
そして、CAMCOは彼らの従業員名簿を通してお金を分配しました。

12 :だつお:2007/11/23(金) 20:09:32 ID:1pqKtt82
またまた燃料投下。真珠湾「奇襲」攻撃を技術的に考察してみる。

次の4つの可能性が考えられる
1コベントリーも真珠湾も解読されてなかった
2コベントリーは解読されたが、真珠湾は解読されなかった
3コベントリーは解読されなかったが、真珠湾は解読された
4コベントリーも真珠湾も解読されていた

1であったとすると、イギリスご自慢の暗号技術陣は参戦から2年経過した
1941年12月までで、何の成果も挙げられなかったことになる。
2だとするとドイツ空軍の暗号は糞だが、日本海軍の暗号は優秀となる。
3だとするとドイツ空軍の暗号は優秀だが、日本海軍の暗号は糞となる。
4であれば、英米側の暗号技術陣は欧州・太平洋の両面で活躍したことになる。

おまえらは、どの見解を採用すべきと思う?
いやこれら以外の可能性があればここで開陳してみてくれ。

13 :だつお:2007/11/30(金) 22:41:51 ID:uwsFKcG7
 独空軍第一〇〇爆撃連隊を先頭にして、第四飛行師団第二七爆撃連隊第三連隊をはじめ、
第二、第三航空軍のHe一一一型爆撃機四百四十九機が、フランス海岸のクニッケバイン
送信所から発信される誘導電波にのって、続々と英仏海峡をこえていた。
 この夜、英空軍の記録では、百六十五回の出撃がおこなわれたが、発見した独軍機は
わずかに「七」機。うち「二機」を攻撃して、一機を撃墜している。
 第八〇飛行中隊長アディソン少佐が、コベントリーの名前を科学情報班長ジョーンズに告げ
なかったことといい、この“あらぬ方”を探し求めているかのような英空軍の迎撃ぶりといい、
コベントリー爆撃を“許す”首相チャーチルの決断を裏書きする事情のようである……。
<児島襄「第二次世界大戦 ヒトラーの戦い」>

1コベントリーも真珠湾も解読されてなかった
2コベントリーは解読されたが、真珠湾は解読されなかった
3コベントリーは解読されなかったが、真珠湾は解読された
4コベントリーも真珠湾も解読されていた

1であったとすると、イギリスご自慢の暗号技術陣は参戦から2年経過した
1941年12月までで、何の成果も挙げられなかったことになる。
2だとするとドイツ空軍の暗号は糞だが、日本海軍の暗号は優秀となる。
3だとするとドイツ空軍の暗号は優秀だが、日本海軍の暗号は糞となる。
4であれば、英米側の暗号技術陣は欧州・太平洋の両面で活躍したことになる。

上の4つの「愚考」以外の可能性があれば、ぜひともそれをここで具体的に説明してもらいたい。
反陰謀説も読んだが、日本軍が偽電を放って米軍の情報施設を撹乱させたのだとの言説は痛快だった。
電波解析に長けた米軍相手に、電波戦で完勝した一例が日本軍にもあったのかと思うとうれしい。

>Naval History 誌、二〇〇一年12月号の Who Deceived Whom で「最近レリースされた
>当時の通信情報記録は、これまで言われてきたとおり、(日本の)欺瞞通信が空母の
>行動を隠したという見方を確証した」と述べている。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senk-sinjyuwan-sakonjyoui1.html

http://p2.chbox.jp/read.php?url=http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1184650453/all
検証 真珠湾攻撃への道

14 :日出づる処の名無し:2007/11/30(金) 22:50:49 ID:blLN47Nq
史実を丹念に掘り起こしていく作業は非常に重要ですね。
日本が進むべき道を指し示してくれるものが歴史であると思う今日この頃です。

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