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自主憲法制定には共産主義革命だ!

14 :右や左の名無し様:2006/12/28(木) 16:12:49 ID:???
「サッチャリズム」の原点である巨人ハイエク

ハイエクは、ロシア革命(1917年)からまだ日の浅い1930年代から1940年代に、社会主義はナチズムと同根であるとして、
社会主義批判を展開していました。
彼は、「ワイマール共和国時代の社会主義政策の反動がヒットラーを生んだという通説は全くの誤りで、むしろ、社会主義
政策の理想を追求する人々がヒットラーの登場を待望したのだ」としました。ナチスの登場を阻止できなかったのは、
「左翼がしっかりしていなかったのではなく、ブルジョアがしっかりしていなかったからだ」と指摘しました。
同じことは他の欧米諸国にも言えるというのが、当時のハイエクの主張でした。特にロンドン大学教授在任当時の同僚で
あった、英国労働党の理論的指導者ハロルド・ラスキ教授の次の言葉は、ハイエクの危機感を高めさせました。
「現在の英国議会は、社会主義政策を進めるのに適していない。議会は労働党政府にその権限を包括的に委任する法律を
立法化すべきである。社会主義化の過程が次の総選挙で覆されるのを座視すべきではない」

これは、ドイツ議会がヒットラーに全権を委任し、ナチス一党独裁政治を認めた「授権立法」と同じ考え方でした。
このような状況下で、自由主義経済の優位性を説き、社会主義化への警鐘を鳴らす目的で出版されたのが、この
「隷従への道」でした。1944年のことでした。戦後、社会主義が世界を二分する大きな勢力になる以前に、この
ような考えをまとめていたことは、大変な驚きです。
ハイエクは大変長生きし、晩年の弟子サッチャー女史が、それまでの英国労働党の政策を道徳的に完全に破産
させるのを見届けるとともに、あのソ連が解体されるのをもしっかり見届けた上で、1992年4月、92歳の生涯を
終えました。20世紀の巨人でした。


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