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【葦津珍彦先生について語れ 其二】

1 :右や左の名無し様:2007/10/21(日) 21:37:05 ID:pAOXWxvH
  偉大な神道思想家葦津珍彦について語りましょう。
  日本の国体を忘れた現代の左翼右翼保守はいったいどうしてしまったのか。
  葦津珍彦氏の文章を読んでみてください。
  安っぽい詭弁とは無縁の論理が味わえます。


2 :感動した葦津先生の文章:2007/10/21(日) 21:39:13 ID:pAOXWxvH
祈る心と怨む心と

 人生の一大事に対決したときに人は神に祈らずにはをられない。これは人間の至情である。
生死の関頭に立つて、生を祈り、勝敗の岐路に立つて、勝利を祈るのも人間の心の自然である。
けれども、神は時として生を祈るものに死を、勝利を祈るものに敗北を与えたまふ。


3 :感動した葦津先生の文章:2007/10/21(日) 21:40:51 ID:pAOXWxvH
 人間の心は生を欲し、勝利を欲する。それ故に祈らずにはをられない。だが、人間の心をもつて神々の
御こころを予想し判断することは許されない。
 神々は、高き深き御こころをもつて、生を通じてではなくして、死を通じて人を救ひ、勝利には非ずして
敗北を通じて、人を救ひたまふことがある。神々の用ゐたまふ手段は、限りなく多様である。限りなく
神秘である。われわれは、つねに神々の恩頼を祈つてやまない。神々はつねにわれわれを導き、われらに
恩頼をたれさせたまふ。
 しかし、われらは必ずしも、事の成功を通じてではなく、失敗を通じて、神々の恩頼を感じ、
勝利を通じてではなく、敗北を通じて、神々の恩頼をさとる場合がある。



4 :感動した葦津先生の文章:2007/10/21(日) 21:42:36 ID:pAOXWxvH
 もしもこの消息をさとらずして神々を怨むものは、信仰なきものであり、神のこころの深くして
遠きを知らざるものといはねばならない。成功するが可か、失敗するが可か、その最終最高の判断の
権威が神にぞくすることをみとめないで、おのれにぞくすると信ずるもののみが、神々を怨む。
かかる人は、当初から神々に祈つたのではなくして、神に対しておのれの主張を要求し、
命令したのにほかならない。形は、頭を下げ儀礼をつくしてゐても、おのれの判断を神の御こころに
優先して実現することを要求したのであつて、内面的には神に命令したのである。その命令に神が
服しなかつたからとて、不満を感じ怨みをいだくにいたるのである。それは初めから、祈つたのでは
なくして、要求し命令したのである。それは祈りといふものに、形は似てゐても、その心は全く
異なるものである。


5 :感動した葦津先生の文章:2007/10/21(日) 22:03:47 ID:pAOXWxvH
 祈る心は、神々の御こころの高くして深いことを信ずることより発せねばならない。
それは神々の恩頼をもとめてやまない心である。生死の関頭に立つときに、人間が「生」
を通じて恩頼をねがひ、成敗の岐路に立つときに「成」を通じて恩頼をねがふのは、
人間心理として自然であり、それは決してとがむべきことではない。
 しかし、「生」を選ぶか「死」を選ぶか、それは、究極的には神々の御こころによつて
決せられるべきことであつて、人間が決定し、神々に強要すべきことではない。
われわれは、終局的な意味においては、生死も勝敗もすべてを神の御こころのままに
随順しつつ、ただひたすらに神々の恩頼を祈つてやまないものである。


6 :感動した葦津先生の文章:2007/10/21(日) 22:04:28 ID:pAOXWxvH
 いつの世にも悲しいこと、憤りを禁じえないことは少なくない。だがそれらの現象に
心をうばはれて、神を否定することは許されない。
 「祈つても、聴かれなかつた」などと怨む人は、初めから祈る心をもつて神々に
対したのではなくして、神々におのれの意志を強要し命令し実現しようとして、
我意をつらぬきえなかつたといふにすぎないのではないか。
                          (昭和三十六年一月誌)

7 :とぼけた奴 ◆i3FjaNbBfI :2007/10/22(月) 00:05:08 ID:0p2kVdAC
恥ずかしながら昔、「うずひこ」が読めず、「ちんひこ」かと思ってました。

8 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2007/10/22(月) 00:11:20 ID:???
葦津珍彦先生まで登場ですね。2ちゃんも随分進化したようです。一安心です。

9 :在日朝鮮人:2007/10/22(月) 00:19:54 ID:???
葦津先生は私達を擁護する思想を普及してくれたので偉い人です。

10 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/22(月) 00:21:58 ID:uwlM86Lu
>>8
2ちゃんねるだから出てくるんだろうがwネット右翼くんw
葦津は天皇に対しては日本の歴史上の権力者で真の反逆者はいないとかいうことを言っている
(※昭和天皇の死んだ時の発言)。
それはある意味正しいある意味間違っている。
葦津も2ちゃんねらーも変に情緒的なんだよ。
読めば、面白いことは面白いが、はっきりいって頭がパーになりそうだ。まあ昔はけっこー愛読して一時はハマったんだが。

11 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 00:22:17 ID:tOA5Sfh5
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E6%B4%A5%E7%8F%8D%E5%BD%A6

12 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 00:26:06 ID:tOA5Sfh5
尊敬する我が恩師

國學の葦津珍彦先生
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E6%B4%A5%E7%8F%8D%E5%BD%A6
漢學の宇野精一先生
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%87%8E%E7%B2%BE%E4%B8%80

13 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 07:41:52 ID:P4D6nEHM
あしず??何先生と読むのですか?

14 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2007/10/23(火) 11:46:08 ID:???
うずひこ ですが何か?

15 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 12:53:57 ID:Pbye571L
葦津知ってるのに何故か劣悪ウヨの珍風信者のぱとりおっと。
まあ読んでなんかいないのだろうが。

16 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 21:39:48 ID:???
葦津とか福田恒存とか読んでれば珍風レベルに嵌ることないと思うんだがな。

17 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 22:42:36 ID:sdrDDxHO
敗戦のガレキの中から神社本庁を作られた偉大な方ですね(^^)

18 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 22:56:46 ID:tOA5Sfh5
西郷南洲→頭山満→葦津耕次郎→葦津珍彦→鈴木邦夫?

19 :右や左の名無し様:2007/10/23(火) 22:58:56 ID:tOA5Sfh5
× 鈴木邦夫
○ 鈴木邦男


20 :武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/10/24(水) 00:07:52 ID:sf9zCl7E
>>16
葦津と福田が並立してんのは変だ。
神国日本を考えているなら葦津。
福田の保守はもっと近代に毒されている。
無免許のクリスチャンだとか福田本人も冗談めかしてた。
しかしネット右翼ってのはバカばっかだねえ。
ネット(パソコン)なんかゴミ箱に捨てろ!
読書しろ!神社巡りしろバカ野郎!

21 :とぼけた奴 ◆i3FjaNbBfI :2007/10/24(水) 00:41:02 ID:7Tq+GiSS
福田なんて読んだことねーな。シェークスピアなんて興味ねえし。
有名な「一匹と九十九匹と」だって、他の人がよく引用するから
知ったくらいで。

22 :右や左の名無し様:2007/10/24(水) 06:38:12 ID:???
↑渡部昇一レベル

23 :右や左の名無し様:2007/10/27(土) 20:43:40 ID:vhNKpzcj
>>2
『神国の民の心』ですね。
私は大学時代に買って読みました。
その筋の古本屋では、二万円から三万円の値がついて売ってます。
家には、二冊あります。
葦津先生の御本はだいぶ揃っていますが、
『時の流れ』はこの間、神田の山口書店で三万円で出てた。


24 :ぱとりおっと ◆DlyW/s8ibQ :2007/10/27(土) 22:21:06 ID:???
「国家神道とは何か」と言うようなタイトルの書籍もあったようです。随分昔に読んだので内容は失念しましたが^^;

25 :   :2007/10/27(土) 23:00:04 ID:exy0nuGP
>>24
その本は「神社新報」のHPで売られてますよ。
  

26 :葦津先生語録:2007/11/06(火) 07:04:24 ID:5LZBHmZv
○時勢の流れの力は絶大であり、いかなる英雄や天才の懸命の努力をもってしても、
さけられない歴史の悲劇というものは、いくらもある。おそらくこの時代の滔々たる時の潮流は、
孫文・頭山の英雄的協力をもってしても、到底、阻止しがたいものだったのではないかと思う。
『大アジア主義と頭山満』193頁


27 :葦津先生語録:2007/11/06(火) 07:06:21 ID:5LZBHmZv
○世の歴史にせよ、人の歴史にせよ、悲しいことは避けえない。人知の限りをつくしても人の情けの美しさをもとめても、
避けることのできない悲史は生じて来る。人知では測り知ることのできない神々の御こころによって人の世の歴史は、
形成され流れて行く。人間は、人知人力の及ばざる神々の御心を敬い神々の援けられる倖せを喜び、神々の援けられる悲しみは、
悲しみとして耐えて行く外はないということになる。 
『一神道人の生涯』125 126頁

28 :葦津先生語録:2007/11/06(火) 07:07:40 ID:5LZBHmZv
○終戦直後に、私が高山昇先生をおたずねしたら、高山先生は、皇国に前例のない敗戦の報で、
悄然としておられたが、私が御あいさつすると
「神ながらの道を生きて行くのも悲しいなあ」
と言われた。(略)この悲しさに信仰の動揺も不安もしないで、日本の神々を敬う自分の信に
生きておられるのは確かだった。 
『一神道人の生涯』126 127頁


29 :右や左の名無し様:2007/11/06(火) 10:43:04 ID:???
あしづチンチンひこ

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